株式会社阪井養魚場
代表取締役社長
阪井 健太郎氏
阪井養魚場の歴史は古い。
いまから120年前、広島県の山間(やまあい)で錦鯉の養殖を始めた阪井養魚場は、 錦鯉業界でいち早く科学的養鯉方法を取り入れ、 優秀な錦鯉の生産に励んできた。
五代目「当主」となる阪井健太郎氏。 スタッフ30名をたばねる「カリスマ」は、 すでに業界では確たる地位を築いている。
2000年に『全日本総合錦鯉品評会』で総合優勝を獲得して以来、 2017年までに通算9回の優勝鯉(ゆうしょうごい)を輩出。 2017年に総合優勝を果たした 「Sレジェンド」は、近年で最高に美しい紅白とも評された。
阪井氏、錦鯉を語る
第48回全日本総合錦鯉品評会大会総合優勝のSレジェンドですが、当歳時の記憶はございますか。
当歳の時の記憶は全くございません。あの鯉は2歳の時、白坂さんにご購入いただいたんですけど、色が薄くてどちらかというと頭でっかちで後半の尾筒が細いような鯉で、そこまでよくなる鯉ではなかろうと売ったんですけど、3歳になったときに60 cmから一気に74 cmになって、この鯉は一味ちがうなというのは分かりました。それ以降、どんどん順調に大きくなり、年をとるごとに風格が出てきました。
当初期待していなかったものが、3歳で大きく変わる。こういったご経験は多いでしょうか?
はい。例えば一昨年の、陳昌さんが全体総合取られた鯉も、当歳のときに弊社の4月競売オークションに出品した鯉で、出品時は高い値段はつかなかったんですけど、どんどん大きくなってきて頭角をあらわしてきた。あの鯉で全体総合を取れるだろうとは夢にも思っていなかったような鯉でした。
将来性が読める鯉と読めない鯉がいる感じでしょうか。
はっきり申しまして、なかなか読めないですね。ある程度は読めるのですが、100%読むのは不可能です。
大成する確率が上がるのは、筋でしょうか、血統でしょうか、育成環境でしょうか?
すべて重要なのですが、一番は血統です。血統は雄と雌の掛け合わせがいまひとつ合わないと、どんなに良いエサをあげても、魚というのはある程度のところで成長が止まったり、ツヤが落ちてきたりします。
血統がよければ、エサや環境で伸びていくものですか?
血統さえよければ、いい飼育環境で、いいエサをやれば、必ずその鯉は良くなります。
ではその血統、Sレジェンドの親鯉についてお聞かせください。
Sレジェンドのメス親はネオユニバース(neo universe)という親鯉で、雄はトマホーク(tomahawk)の子を掛けています。
どういった狙いで、この組み合わせを血統的に考えられたのでしょうか。
私が掛け合わせるときは、できるだけ血を遠ざけて掛け合わせをするようにしています。ネオユニバースはローズ系、トマホークはどんぐり系(べにばな系)と血がかなり離れていますので、そういったところがポイントとなり、ネオユニバースとトマホークの雄を掛けました。
Sレジェンドは、生産者の目で親鯉と似通っているところがあると思いますか?
紅の感じは、メス親のネオユニバースに近い感じがします。
全日鱗、全日本の2連覇。生産者として自信はありましたか?
愛鱗会(全日本愛鱗会国際品評会)のときはかなりの自信があったのですが、振興会(全日本総合錦鯉品評会)のときは、そこまで自信はありませんでした。
全日本においても私どもから見ると素晴らしい出来に見えましたが?
私自身は愛鱗会の時のほうが、コンディションがよかったかなと思います。
ゆえに全日本愛鱗会国際品評会では満票の大会総合優勝だったのですね。
愛鱗会のときは、50対0という過去にない勝ち方をしまして、やはりそれくらいぶっちぎりで勝つと、生産者としても非常にかっこいい勝ち方が出来て嬉しく思います。
Sレジェンドのその魅力は作り手としていかが捉えられていますか?
一番の魅力は、伸びることですね。7歳で97cmというのは、阪井養魚場の今まで生産してきた鯉の中でもいない鯉、レコードです。まだまだ大きくなる可能性を持っていますので、2年後、東京大会が50回記念大会のときには、さらに成熟したSレジェンドを出品してみたいと思います。
世界の阪井養魚場
阪井養魚場は紅白と大正三色の系統、飼育技術、仕上げ技術等で、錦鯉業界トップクラスと言われている。
親鯉を血統ごとに管理し、かけ合わせることでより大きく美しい錦鯉の生産を追究している。
優秀なのは系統だけではない。
その生産設備も他に類をみない。
2016年に落成した、新ハウス池『チャンピオンハウス』をはじめとして 目的ごとに造られたハウス池の数は、200面以上にも及ぶ。
立て鯉を放流する野池は80面、225,760m2に達する。
川の水を引き入れて殺菌、浄化する施設は、1日600トンもの処理能力を誇る。
年間に孵化する錦鯉の稚魚は実に2,400万尾。
日本一、いや世界一の錦鯉生産者といっても過言ではない。
阪井養魚場の生産鯉、また生産体制の強さはどのように捉えられていますか?
弊社の飼育スタイルというのは、常にデータに基づいた飼育をしております。エサをやるにしても、魚体重を全部量って、それに合わせたエサの量を細かく設定しています。
すごいですね。ひとつひとつ量るような形なのですね。
大きい鯉は、一匹ずつ100グラム単位で全てはかり、それに基づき、例えば80cmオーバーが10匹いて、平均魚体重が10kgでトータル100kgだと、ピークは魚体重に対してエサの量は1%と決めているんです。
ちなみにピークはいつですか?
だいたい8月の盆明けからは、ピークの給餌量に上げて、今度(9月末)はだんだんエサを絞って、秋から始まる品評会シーズンに向けて、調整をしていくような飼い方をしています。
鯉の本数も、非常に多く所有されていますので大変だと思うのですがいかがでしょうか。
大変なのですが、鯉というものはやはり手間をかけないと良くならないんです。手間をかければかけるほど、錦鯉というのはそれに答えてくれます。
錦鯉が飼育者に応えてくれるわけですか。
私が忙しくバタバタしていると、品評会用の鯉は良くならないです。私が品評会前に、一気に集中すると鯉はやっぱり良くなるんです。
手を掛けると同時に目を掛けるイメージですか?
はい。目を掛けるとやはり水の出来だとか鯉の状態がつぶさにわかるようになります。
Sレジェンドも、一か月前は白地が抜けなくて、これはどうも水が悪いのではと思って、別の池に移しました。そうすると一気に白地が抜けて、ピカピカになったわけで、そういうのも常日頃みていないと気付かないです。
となると、阪井さんの目にかなう、目を掛けられるのは、ごくトップクラス?
特に品評会用の鯉ですね。これらの鯉に関しては私が陣頭指揮を執るというか。エサの量もすべて決めて、最後の調整までします。
鯉の様子をみるべきポイントは、ご自身でつかまれたものですか?
そうですね。自分で習得したもので、やはり飼育というのもセンスが要るんです。感性。感覚ですね、五感ではなくカッコいい言い方をすると、シックスセンスなんですけれど。普通の人が見て、どうもないと思っても、私が見ると、ここがまずいのではないかというのは分かります。
従業員の方が見て気付かないものも、阪井さんが見るとわかるのですか?
池を変えたほうがいいとか。水を見て判断するわけですね。
過去から現在まで、阪井さんが最も好きな鯉は?
私の思う一番いい鯉は、模様・体形・質よし、やはり3拍子すべて揃っている鯉ですね。弊社が作出した歴代チャンピオンの中で敢えてあげるなら、好きな鯉はSレジェンド、Mレジェンドですね。歴代の最高傑作ではないかと思っています。
そういう意味ではネオユニバースはいかがでしょうか?
それがですね、残念なことに一回限りしか産卵しなかったんです。一回で終わりという残念な結果で。1年目だけ産んで、それ以降全く産まなくなったので、これが毎年コンスタントに生んでいれば、あのクラスの鯉(Sレジェンド)が毎年出来ていたんじゃないかなと思います。
鯉の血統はどれくらいの割合で、子に影響すると思いますか?
何割というのは表現がむずかしいのですが……。昔「大和」というチャンピオン鯉がいました。メス親はチャンピオン鯉、それに、うちでできたオス鯉とかけたんですけど、オスとの相性が悪くて、二歳のときはよかったんですけど、伸びが鈍くなったりとかの傾向が見られたんで、またオスを変えてみたんです。そうすると、その子はどんどん大きくなるということで、すべての鍵を握るのはオス鯉のほうで、メス親がいくらよくても、それに掛けあわせるオス親の相性が悪いと、まったく子がよくならないとかになるので、すべてはオス親との相性だなと思います。
オスのポテンシャルですか?相性でしょうか。
ポテンシャルと、やはりオスの系統としても大きくなる系統を使わないとだめですね。オスはいくら模様がよくても、見てくれがよくても、それが大きくなる系統の鯉でなかったらまずダメです。
ほかの生産者からオス鯉を買ってくる場合は、オスの親鯉が、その鯉屋さんでヒットした血筋かをかならずリサーチして選んできます。
今現在つくっていきたい鯉の目標はありますか?
毎年チャンピオンを取れる鯉を作っていきたいというのが、一番の目標です。
当然メートル超え?
メートルは超えなくてもいいので、90cm後半できちっと揃った鯉ですね、模様・体系・質よし。
メートル超えにこだわってはない?
こだわっていません。私としては三拍子揃うほうに重点を置いていますので、ただ単に大きくて模様が悪いもの、それでは(品評会に)勝てないので、3拍子揃い90cm以上ある鯉がチャンピオンを取る一つの条件だと思います。
品種的にはやはり、御三家に力を入れていますか?
紅白と大正三色のみに力を入れてやります。
阪井氏、エサを語る
阪井養魚場のこだわりは、与えるエサにも及ぶ。
市販されているブランド飼料を厳選して使いながら、一方で、銘鯉を作り出すためのオリジナルブレンドのエサを開発。
稚魚からジャンボ鯉まで、季節毎、サイズ毎にラインナップされたオリジナル飼料を駆使し、結果を出し続けている。
一流の鯉には、一流のエサを……。
阪井健太郎氏の、銘鯉作出のこだわりを、さらに探っていことにしよう。
オリジナルの錦鯉養殖用飼料をお持ちだと伺っております。どのメーカーのものを使われていますか?
弊社が使用しているエサはすべて、キョーリンさんの製品です。
どういったところで評価されているのでしょうか?
こちらのニーズに細やかに対応してくれる。「こういうエサがほしい」「ここをもう少しこうして」と注文を出すと、必ず思うようなエサを作ってくださるので。キョーリンさんのエサを使っています。
どのような種類がございますか?
まず孵化したての稚魚には、「色揚マッシュ」。スピルリナが入っていまして、稚魚の段階から、色を揚げるエサをやっています。一次選別が終わると、今度は2号、3号。こちらも阪井養魚場オリジナルのエサとして作ってもらっています。
続いて、N-20は何でしょうか?
胚芽ベースで、色揚げが入っていないエサです。そして最後の品評会の仕上げのときに使っています。
続いてその隣のエサは?
こちらはスーパー増体という、増体効果を狙って。スピルリナは入っていないんですが、増体効果を特に重視した配合設計でキョーリンさんにつくっていただきました。
特に上げたのはタンパク質の量ですか?
タンパク、脂肪分を上げてもらって、「とにかくデカくなるエサを作ってほしい」との要望に応えていただきました。
スーパー増体や胚芽増体にマッシュまであるのはどういう意図なのでしょうか?
キョーリンさんにお願いして作ってもらったところ、こちらが求めていたマッシュに近いという感触を得たので、マッシュ、稚魚から成魚になるまで全てキョーリンさんのエサ一本で行こうと思いました。
錦鯉養殖にはエサの違いによる影響力は大きいでしょうか。
やはり、鯉のポテンシャルを引き出すうえで重要なのはエサなのです。いくら良い親から生まれても、やるエサが良くないとその鯉は大きくならない。特に私が重要視しているのは嗜好性。食いつきの良さ。食いつきがよいと、鯉は好んで食べるんですけど、嗜好性が悪いと、本当にあまり食べないですね。
「とにかく嗜好性をあげてくれ」とリクエストをするのですが、ちゃんと応えていただいて、私の思うような嗜好性を持ったエサに仕上げてもらい非常に助かっています。
隣の胚芽増体は、スーパー増体とどういった点に違いがあるのでしょうか。
胚芽増体の方が少しタンパクが低いのですね。水温によって使い分けるというか。こちら(胚芽増体)は22℃くらいのときに使うエサで、スーパー増体は24℃以上の夏場の高温のときに使っています。
最後が色揚増体ですね。どういったこだわりのあるエサでしょうか。
これはもう冬場の当歳の飼育は、全部スーパー増体と色揚増体のみで飼育しています。外の野池では、今(6月)から温度が上がってくると、色揚増体とスーパー増体1:1の配合であげています。色揚増体というのは、多分、今までこの業界にはなかったんですね。増体プラス スピルリナを入れて、増体と同時に色を揚げるというエサは今までなかったのですが、私が思いついて、「こういうエサ(色揚増体)が欲しい」とお願いして作ってもらったスペシャルなエサです。
オリジナル飼料の製作にあたり、キョーリンさんとどのようなお話し合い・工夫をされて進められたのでしょうか。
特に嗜好性がいいエサをとお願いしたのですが、いろんな食いつきが良くなるようなもの(原料)を入れてもらって。なおかつ、香りがいいんですね。だいたい鯉のエサって、匂いでわかるんです。鼻をツンとつくのはあまりよくない。キョーリンさんのエサはやはり匂いがいいんです。
どのような匂いですか?
クッキーのような匂いですね。ちょっと香ばしい。
色揚増体をあげる時期は、いつからいつまででしょうか。
野池だと、6月、7月に入るとスーパー増体と重ねてメインでやっていきます。9月後半になると、N-20という胚芽ベースのエサに切り替え、今度は白地を抜いていく方向ですね。
愛鱗会の品評会が11月から12月ですよね。
9月後半まで色揚げし、白地を抜くというのはそれからで十分でしょうか。
2か月あれば十分白地は抜けます。
鯉を大きくするには、血統ありきではありますが、環境とエサどちらにより左右されますか。
両方ですね。例えば100トンの池に大きい鯉を30本入れて、どんどんエサをあげても大きくならないです。魚が多すぎて。池の大きさに合わせた適正な本数、かつ、いいエサをやれば、ポテンシャルがある鯉なら、わたくしは必ず良くなると思っています。
キョーリンフード製オリジナル飼料は阪井さんの要件を満たしていると思ってよろしいでしょうか。
はい。その要件を満たしているからこそ、弊社の鯉が品評会で活躍していると思います。
ではキョーリンさんにリクエストがあれば、お願いします。
今のエサがベストだと思いますし、大変満足しています。要望するようなところが今ないような状態です。
他の方にも、オリジナル飼料を譲り分けられているかと思いますが、要望があったのでしょうか。
海外のディーラー、愛好家さんから阪井オリジナルのエサがぜひ使いたいという要望がありまして、海外にも何か国か輸出しています。
評判はいかがでしょうか。
評判は非常にいいですね。大きくなる、よく食べる、色がよく揚がるということですね。
阪井オリジナルの今の満足度を教えていただけますか。
端的に申し上げると、満足度120%でございます。要望するところがないといいますか。完璧に近いエサですね。
今後ともオリジナルを作られますか?
今後ともオリジナル、プラス、キョーリンさんのエサ一本で飼育していきます。
あえて言うなら、次はどんなエサというのは頭の中にありますか?
あえて言うならば、墨が出るエサ。このエサをやると、墨揚げじゃないですけど、沈んだ墨がぱっと出てくるようなエサができれば、本当にすごいことだと思います。
素人としては、墨には水温や血統も関係すると思うのですが、それでもエサでも可能性があると。
私も一番はそこですね。飼育環境や血統が重要と思うのですが、少しでもエサでカバーできないか、と。少しでも墨が浮いてくる手助けをしてくれるエサがあれば、非常に助かります。
キョーリンさんの一般販売されているエサは何を使っていますか?
主に「咲ひかりマッシュ」であるとか、新しく販売された「Rエキス入りのエサ(咲ひかりR育成用)」だとか。春先の野池で今やっています。冬場は「咲ひかり育成用(色揚の入っていないタイプ)」、これを中心に使っています。
オリジナル飼料と、一般販売のエサ使い分けのポイントは?
やはり飼育目的に応じてですね。冬の間もエサをやってどんどん大きくしないといけない鯉には、弊社のスーパー増体と色揚増体をやっているんですけど。冬場のうち、そこまで大きくしないのであれば、健康重視で、キョーリンさんの「咲ひかり育成用」を使用しています。
阪井養魚場の挑戦はこれからもつづく
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