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基礎研究-laboratory study-

世界約2.5億人が感染している“ヒト住血吸虫症” 撲滅への期待

寄生虫の革新的な抑制方法を大学と共同開発。
~巻貝を殺さず、寄生虫だけを抑制。株式会社キョーリンが大学・企業と連携し、環境負荷の少ない新たな住血吸虫症対策を開発~

株式会社キョーリン(代表取締役:神畑道子)は、東京科学大学、日本文理大学、DIC株式会社との産学連携のもと、住血吸虫症の感染を抑える新たな対策を共同開発しました。観賞魚用飼料や健康食品として使われる「スピルリナ」に着目し、中間宿主である巻貝に無害でありながら、感染幼虫(セルカリア)の発育を大幅に抑制する効果を確認。本技術は、従来の環境負荷の高い薬剤に代わる、安全かつ持続可能な感染症対策の新たな選択肢となる可能性を秘めています。

住血吸虫症とは:世界2.5億人が感染する顧みられない熱帯病

住血吸虫症は、世界保健機関(WHO)が指定する「顧みられない熱帯病(NTDs)」の一つであり、特にアフリカ、南米、東南アジアなどを中心に約2億5000万人が感染している寄生虫感染症です。住血吸虫の幼虫「セルカリア」は水中を浮遊して、水浴びや洗濯などで水に入ったヒトの皮膚から侵入します。体内に侵入した幼虫は血管内で成長し大量の卵を産卵します。虫卵が肝臓や腸管の血管内で炎症(肉芽腫)を引き起こし、腹水、肝硬変、敗血症などの重篤な合併症をもたらします。

ヒト住血吸虫症のリスクがある地域

ヒト住血吸虫症のリスクがある地域

住血吸虫の感染メカニズム

住血吸虫の感染メカニズム

人体の体内に寄生した住血吸虫に対しては、プラジカンテルという薬を用いれば対処可能です。しかし、住血吸虫が存在する環境では、人間が水へ入ると再感染が繰り返されます。住血吸虫は水中の巻貝(Biomphalaria属など)の体内で増殖し、水中に放出されます。したがって、環境中の住血吸虫を減らすには、この巻貝の制御が重要になります。「ニクロサミド」という殺貝剤を使用すれば巻貝を駆除することができますが、この薬剤は水生生物に高い毒性があり、環境に悪影響を及ぼすためみだりに使用することができません。

住血吸虫は根絶が困難な状況が続いているのが現状で、住血吸虫の被害を減らすための新しいアプローチが必要とされていました。

スピルリナ飼料による感染幼虫の抑制を実証

共同研究では、住血吸虫に感染した巻貝(Biomphalaria glabrata)に、スピルリナを含む飼料を6週間与えたところ、巻貝から放出されるセルカリアの数が最大で88%減少することが確認されました。

また、スピルリナ飼料は巻貝の生存率に影響を与えず、巻貝に対して無害であることが示されました。

スピルリナ飼料

図1 研究で使用されたスピルリナ飼料と基本飼料(上図)。住血吸虫に感染した中間宿主巻貝にそれぞれの飼料を6週間摂食させた後に游出してきたセルカリアの数(左下図)。同じく6週間摂食させた後の巻貝の生存率(右下図)。

社会実装に向けた可能性とインパクト

スピルリナは藍藻類の一種で、観賞魚用の飼料や人のサプリメントとして広く流通しており、生物への安全性が高く、環境への影響が低い事が確認されています。

野外の巻貝にスピルリナ入りの飼料を与えて、貝から発生するセルカリアを減少させるというアプローチは環境への影響を最低限に抑えたまま、環境中の住血吸虫の数を減少させうる可能性を示しています。
また、スピルリナは培養技術が確立されており、持続可能な生産が可能です。

世界保健機関(WHO)は、2030年までに住血吸虫症を公衆衛生上の問題として排除することを目標に掲げています。しかしながら、特にアフリカでは、抗寄生虫薬の大量配布にかかるコストや再感染の防止が困難であることなど、実現には多くの課題が残されています。

本研究の成果は、住血吸虫症に対する根本的な対策につながるとともに、環境負荷の少ない持続可能な感染症対策のモデルケースとなることが期待されます。

今後の展開と株式会社キョーリンの役割

今後、実用化に向けて、さらに研究を進めていきます。具体的には野外環境におけるスピルリナ飼料の散布試験を実施し、その有効性を評価していきます。キョーリンとしては観賞魚業界で培った飼料製造の技術を生かして、巻貝が効率的に摂食できる飼料の開発を行います。

株式会社キョーリンは熱帯魚の故郷であるアジアやアフリカの河川や池の環境を破壊することなく、住血吸虫の被害を抑える本研究を進めることで、人間と自然が共存できる社会の実現を目指していきたいと考えています。

研究掲載誌と著者情報

  • 掲載誌:Tropical Medicine and Health
  • 論文タイトル:Development of a spirulina feed effective only for the two larval stages of Schistosoma mansoni, not the intermediate host mollusk
  • 著者:熊谷 貴(日本文理大学)、石野 智子(東京科学大学)、宮本 雅彰(株式会社キョーリン)、小関 友莉乃、今井 康行(DIC株式会社)
  • DOI:10.1186/s41182-025-00727-3